太田博樹 著
ちくま新書

太田先生の文章はわかりやすい。理系文系といった区分けをしないで、どちらの分野の人にも理解できる教え方でお話しされるからだろう。『古代ゲノムから見たサピエンス史』でもそうだったが、専門的な話はあるが、あまりにもそれに深入りしないで、要点をきっちり語ろうとする姿勢が伺える。『ざっくり言って』という表現があちこちに登場する。つまり、話の筋を方々に散らかさないで、本筋に戻って話せば、あるいは、全体から見れば、こんな意見があるんだよ、という感じの表現が、読者から見て好感が持てる。
同じ遺伝子で人類史を研究し、たくさんの本を書いておられる篠田謙一先生や齋藤成也先生の書き方に比べて、だいぶわかりやすい。このお二人の先生方に比べると、太田先生の方が、多くの読者が得られるような気がする。
遺伝子の解析から系統樹を作成する方法が語られている(p .97~99)。具体的な計算方法は専門的で難しいものだろうが、ここでは深入りしないで、ごく簡単にその考え方を紹介してあり、一般人にも理解しやすくなっていて好感が持てる。
日本人の起源についての話になると、埴原先生の『二重構造説』が登場する。篠田先生の本には、割にこの説に批判的な意見で展開されているが、太田先生はことさら批判的という感じではなく、概ね、肯定的と解釈できる記述になっていて、お二人の立場の違いが拝見できる。
遺伝学というと三島の国立遺伝学研究所や国立大学院大学の尾本先生を思い出すが、研究室の中で顕微鏡をのぞく研究体制とは少し違う太田先生のフィールドでの活躍ぶりは初耳で、面白かった(p.192~200)(p.261~265)。