2019年02月19日

『古人骨は生きている』

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『古人骨は生きている』
片山一道 著
角川選書 刊

 片山先生が「本の旅人」2000年4月号〜2002年5月号に連載された記事をまとめた本。
骨に関する話題を随筆にしてある。こんなにも骨に関するお話があるんだと感心した。また、片山先生が今迄に書かれたどの随筆よりも内容が濃くて面白く感じた。特に、少し専門的になるが、今回はじめて取り上げられた話題がいくつかある。

 そのうちのいくつかを紹介してみよう。まずは尿路結石の化石写真(P.105)。その大きさは直径1.5cm。私の人生で2度襲ったこの病気。知る人ぞ知る大変痛い病気だ。その石が1.5cmとは想像するだけでも恐ろしい大きさだ。こんな大きさの石が尿路にたまっていたとしたら・・・

 次は骨に関する推理小説。片山先生が推薦されるのは、骨に関して、この道の専門家で作家でもある、キャシーレイクスの司法人類学者シリーズ、最新作(当時では「Fatal Voyage」)。アーロン・エロキンズの「ギデオン・オリバーシリーズ」。こちらは形質人類学者のギデオンが活躍する点で、片山先生に共感を得ている模様だ(p.61~68)。さらにディック・フランシスのミステリーと続く(p.96~98)。

最期にもう一つだけ気がついた記事がある。ニュージーランドのダニーデンにあるオタゴ大学だ。ここが片山先生の骨学修行の場だったという記事である(135~145)。この記事の中で特に私の気になったところが、日本とニュージーランドの研究方法の違いについて(p.140)。

 昨年は人類学会でお見かけしなかったけれども、こうした一般向けの本で、我々読者に、もっともっと古人骨について、いろいろと発言して欲しいものである。
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2019年02月07日

『日本人の骨』

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『日本人の骨』
鈴木 尚 著
岩波新書

 この本は東京大学理学部の教授だった鈴木尚先生が、1963年2月20日に岩波新書に第一刷発行されたかなり昔の人類学の本である。アマゾンで見つけたとき、販売価格が1円で送料が350円という代物であったが、貴重な本をみつけた喜びで、入手するととたんに、読み始めた本である。

 かなり以前の発行になるということで、学術的にもそれ以降に発表された論文に比べてやや修正すべき内容があることはやむを得ない。とは云え鈴木先生の論調は流石は医学部出身者らしく、落ち着いていて冷静沈着な感じを覚えた。記述方法も至って正確無比。裁判所での判決を読み上げる裁判官のような雰囲気を感じさせる。全ての事実を正確に数え上げたあげくに下す判決(判断)だから、弁護側も検事側も納得の結論。もしも分からない部分があればあえて結論を先送りして、将来の発掘による研究者の判断に任せようと、ご自分では最終判断(結論)はお出しになっていない。なにがなんでもご自分で全ての判断をするという態度が見当たらなかった。

 2019年の現在から見て56年という年月が経過しているのに、なを我々に納得させるものがあるということはいかに鈴木先生が正確な学問をされていたかという証であろう。この出版後56年の間に発見発表のあった事項により、現代の我々が承知している当時とは異なる見解について、私なりに2点の気がついた箇所がある。

 一つは縄文から弥生に時代が移ると、とたんに日本人の体格に変化が現れた点を、江戸から明治に時代が移った時の、人骨上の形態変化と同じように考えられた点が、今となっては、先生こんな風にお考えになっては如何でしょうか?と提案してみたくなる。つまり埴原先生の『二重構造論』による考え方だ(P.108)。この本の中で、鈴木先生は縄文人が急に弥生人になって、あまりにも今迄と異なる形態になったことに、相当疑問をお持ちだったことが伺えた。

 もう一つは、『牛川人』について(P.150)である。鈴木先生はこの牛川人については、まったく洪積世人類ということで疑問を呈しておられない(P.158)。ところが、55年後の2018年10月18日の中日新聞朝刊の第一面に、牛川人の骨は人骨にしてはやや不自然であり、おそらく牛の骨と解釈した方がよい、とする馬場悠男先生の意見があったので、その(当時は科博に在籍)意見を聞くかたちで、現地牛川町では、それまでヒトの骨としていた解説文を、明確にヒトと記載するのを変更したという記事が掲載された。この件については、まだQが残りそうな気がするけれど、どうでしょうか?

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2019年01月29日

『自分の骨のこと知ってますか』

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『自分の骨のこと知ってますか』
桜木晃彦 著
講談社+α(プラスアルファ)新書 刊

 解剖学的に骨学の説明をするだけではなく、医学的、整形外科的にも解説があり、骨の形を理解するのみならず、その形の意味や、なぜその形になっているのかについての生物学的な説明があって、分かりやすい骨学の本になっている。しかも、著者は東京芸術大学で美術解剖学の講師もされているとあって、骨を観察するだけではなく骨を描いて表現する立場にも造形があるようである。

 分かっているようで知らなかった一つに頸椎の中の腰椎についての説明がある(p.178)。胸椎には肋骨がつながっているのに、腰椎の5本の骨は肋骨とつながっていないかわりに、肋骨といまにもつながりそうになって途中で止まっている骨がある、というくだり。なるほどよ〜く腰椎の骨を観察してみると、あるある、横に飛び出している骨が。骨学的にこの骨をスケッチするなら、この説明を受けなければ描き損なうようなところだ。

 その他、足の骨で、距骨についての説明に(p.212~214)も『これほど美しい骨はありません』という面白いところがある。『・・・この立体の造形美は、足の骨格標本から外して、テーブルの上に単独で置くと、自己愛に似た主張さえ感じさせます』。
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2019年01月25日

『日本の死体 韓国の屍体』

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『日本の死体 韓国の屍体』
上野正彦・文國鎭 著
青春出版社 刊

 韓国の法医学者、文國鎭さんと日本の法医学者、上野さんとの対談である。文化の違いから死体に対する考え方の違いがある点から始まり、警察による検死方法の違いなど、同じアジアの国なのに、随分と法医学者の活躍方法にも違いがあるものだ、という話が続く。それはそれで文化人類学的に面白いのであるが、今回、この本を読んでいたところ、忘れていた『文化の違い』を思い出したので、その事を書いてみよう。
 
 それは、ニューヨークで働いていた時に、分国鎭先生が感じたアメリカの法医学者の世界の話(p.76)。自殺者の鑑定をする仕事の中に、『事故性縊死(じこせいいし)』という言葉があり、その事故性縊死で死ぬ人が最近の韓国では増えて来た、という事。さらに、その事故性縊死は、アメリカでの経験からして約30年遅く、韓国で社会現象として現れたという話である。

 この話を読んでいた私は、ふと全く別な考えを思い出していた。それは、日本の経済現象はアメリカから10年遅れていると書かれた経済誌を20年前に読んだ覚えがあるからだ。確かに20年前、ロスアンゼルスで見た運送会社のドライバーは、ようやく最近の日本の運送会社のドライバーが持つようになった、荷物の配達の時に受け取る送り状へのサインを、ドライバーのベルトにつるした端末で行っていた事を思い出したのだ。最初その光景を見たとき、私は日本にもすぐにこんな光景を見るようになるんだろうと簡単に考えていたのに、それから早やくも20年経過してしまった。文明の差が10年から20年あるわけである。

 こうした社会現象から映った映像から想像しても、スポーツのアスリートしかり、世界のトップで活躍する人がアメリカなどのトップ文明を目指して頑張る姿は、当然ではないかしらと思えて来た。

 それは、日本がまだまだ先進国家に到達していない証である。アメリカに見習うところがたくさんあるという
課題を充分に見直す契機に、なった。これは、あくまでも私個人にとっての話だが。
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2019年01月24日

『アイヌと縄文の骨学的研究』

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『アイヌと縄文の骨学的研究』
百々幸雄 著
東北大学出版会 刊

 そもそも日本人類学会では、うるさ型の質問をする百々先生が書かれた本である。きっと中身もうるさ型になっていて読みずらいんだろうな、そう思って、購入してから3年余り積ん読状態であった。ところが、最近になって、『アイヌ』『縄文』というテーマにも興味を覚えるようになり、関連の本を読んでいて、急にこの本が目に留まり読み始めた次第である。
 読み始めたところ、面白い内容についじゃんじゃん中身に吸い寄せられて行くではないか。まるで、推理小説を読むような感じだ。最近の人類学の本では感じた事の無い吸引力がある。

 まず先生の個性が至るところに表現されている。その例が人間関係。札幌医科大学では山口敏先生をボスとしていたこと。東北大学では石田肇、近藤修の先生方が部下となりサポートされていたこと。などが、赤裸々に綴られていて、他の人類学の本に無い親近感を覚えた。

 次に目を見張ったところは、埴原和郎先生の『二重構造論』について、他の先生方があまり論じて来なかった点がきちんと書かれていて好感を持てた。つまり、埴原先生の学会誌での発表に際して、その抜き書きを百々先生に送ってこられたとき、これはあくまでも日本人論についての現在自分が考えているところのたたき台であり、これをもって完成された考えとはして欲しくない、学界全体で、この考えを基にいろいろ研究をさらに深めて欲しいので、書いたのである、という前置きが別刷りで同封されていた、という事。これは大切なことではないだろうか?皆さんこの別刷りのことを忘れていろいろ『二重構造論』を論じておられるような気がする。

 他にもいろいろ気がついた点があるけれど、最初から最期迄はらはらどきどきの百々先生オリジナルな調子が満載の本となっている。変な人類学入門書よりも面白い仕上がりになっている。同じような観点から、また、次のテーマで書かれるとさらに面白い本が完成するように思えるがどうだろうか?
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2019年01月23日

『骨が語る兵士の最期』

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『骨が語る兵士の最期』
楢崎修一郎 著
筑摩書房 刊

 楢崎先生にお会いしたのは第51回日本人類学会が筑波大学で開催された時であった。
その後、北京で開催された北京原人発見70周年展で、一緒に周口店を周り、途中から参加された馬場悠男先生らと一緒に食事した事を覚えている。なんせ、早口で話され、日本語、英語ともに聞き取れないくらいのスピードについ、馬場先生に、楢崎先生は英語で話される時でも早口なんですね、といってしまった経験がある。

 この本もその時感じたスピード感ある書き方であった。当時と全く変わらない文章の早さがある。
次々と起こる桁違いのアクシデントに、全く動じないで、さっさと行動する楢崎先生の行動力を感じ取る事が出来る。

 さて、本書の中身だが、思っていたよりも中身のある本であった。厚労省の海外での遺骨探しだが、最初、
楢崎先生が日本人類学会でこの遺骨探しを発表された、慶応大学での時代には、全遺骨の5%程度しか発掘されていないと感じていたのであるが、本書を読むと、3分の2くらい迄発見が済んでいると思われた。

 こつこつとトレンチをさぐるにも、毎年の計画性を感じた。最初、慶応大学での発表で感じた、厚労省の
応援の無さも、今回の本を読んでみると、そうでもないと、当時より肯定的に感じられた。

 まだまだ発掘調査が続きそうであるが、楢崎先生の情熱をたよりに、さらなるご活躍を期待したいと思う。
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『縄文との対話』

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『縄文との対話』
坪井清足 責任編集
集英社 刊
1986年7月9日第一刷発行という古い本である。
 古い本には違いないが、中身はよくまとまっていて勉強になった。
7人の専門家をそれぞれの章にわかち、全く違う観点から縄文を論じていて面白かった。
わたくしにとって、最終章の『土器の誕生を探求する』を執筆された「泉 拓良(いずみたくら)」先生の論文が今迄知らなかった事を教えてもらう事が出来た点でためになった。
 それは『縄文海進』についてである。P.235~236
 6000年前に起こったとされる日本の陸地への、氷河水の浸水が、関東平野一円を飲み込んだという歴史的経緯をはじめ、日本のいたるところで観測される洪水のような『海進』が、一時、日本の縄文文明をとどまらせたという経緯があるという点で、さらに勉強してみたい気持ちになった。
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2018年11月30日

我々はなぜ我々だけなのか

『我々はなぜ我々だけなのか』
アジアから消えた多様な「人類」たち
川端裕人 著
海部陽介 監修
ブルーバックス

 海部さんの本は、最近、『日本人の起源』に関するものが多かったが、科学ジャーナリストの川端さんが面白いアプローチをして、科博の海部さんから『日本人の起源』以外に、どんな研究をしているか、特に『ジャワ原人』『フローレス原人』『ほうこ人』などの、今迄に一般書籍にほとんど取り上げてこなかった『アジアの原人』たちの研究を分かりやすく紹介していて、久々に面白い本に出会えたと思った。

 まずは『ジャワ原人』だが、著者はこの原人を3つにタイプ別して解説する。第一がジャワの前期(120〜80万年前)に当る層から発掘される「サンギラン」と「トリニール」。第二が、中期(30万年まえころ)に当る層から発掘される「サンブンマチャン」。第三が後期(10万年前)に当る層から発掘される「ガンドン」。
言葉の上では同じ『ジャワ原人』を詳しく、分かりやすく、地理的状況もふまえて、海部さんの口からいま、解説してもらっているような書き方で論じていく。

 渡辺直径先生から始まったジャワ原人の発掘を、馬場悠男先生が引き継ぎ、さらに近年は海部陽介先生がまとめておられる内容が、本誌でようやく一般人に納得いく形で表現されるに至ったと言ってよいだろう。

 私にとっては、次に話題となる『フローレス原人』よりも、最後に登場する、台湾と中国大陸の間の
『ほうこ諸島』から魚の底引き網にひっかかり発見された『ほうこ人』に興味がひかれた。海部さんの調査の結果、ジャワ原人よりも中国の和県から出土した40万年前の『和県人』によく似ているという。特にあごが分厚く頑丈な点である。(p.235)

 5年前、第67回日本人類学会大会が筑波で開催されたとき、中国科学院から5名ほどの人類学者が招待されて学会発表されたおり、丁度その『和県人』が北京原人とおなじくらい、頑丈な頭蓋骨をしていて、厚みがあることなどを中国科学院のXiujie Wu,PhD と話し合っていたことを思い出したからである。他の中国の地方では、これほどまでに分厚い骨の厚みはないので、和県人やほうこ人の頑丈な頭骨にとても興味を覚える訳だ。

文中では至る所で素人の私、ということばが登場したが、いやいやなかなかよく勉強されていると感心した。
科博の中での研究内容を、特に海部先生の多方面に渡る調査研究を、たいへん要領よくまとめてあると思う。
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2018年11月27日

絶滅の人類史

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『絶滅の人類史』
なぜ「私たち」が生き延びたのか
更科 功 著
NHK出版新書

『爆発的進化論』を書いた更科さんの本である。
今回は人類史に焦点を当てて書いている。すぐれた人類学者が書いている「人類の起源」的な内容に比べて、
子供たちにも教えやすく、それぞれの時代に登場するタイプの違う人類が、具体的にどういう特徴や違いがあるのか、という点をたいへんわかりやすく解説している。大人の私たちでさえ、あ〜そういうことだったのか、と
納得し、気づかされる点が多々あった。
 
 例えば、P.131~132。長距離走を行うには足の指が短い方が有利であり、マラソンなどでは、ヒトのほうが
チンパンジーやゴリラよりたくさんの距離が走れる、という記述。
 また、p.136~137。長距離を走って体温をさげるには無毛のほうが有利、『体毛がなくなったのは、ホモ・エレクトスの時代である』。

 その他、気づいた点は旧人の前に『ホモ・ハイデルベルゲンシス』をおいて考えるようになっていること。

本全体に人類学者が一般に一言も語らなかったある意味当たり前な事項を、よく解説してあって、普通の入門書よりもむしろ面白かった。
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2018年11月02日

第72回日本人類学会大会 ポスター発表

住斎先生の取り組んでおられる岐阜県飛騨地方のDNA分析発表。

 このポスターの前に立っておられたのは、共同研究者の針原伸二先生だった。直接、お顔を見ながら住先生のご活躍ぶりを賞賛すると、笑顔で私に質問された。愛知県出身者なら美濃と飛騨の人の顔の変化が分かりますか?という内容だった。私の答えはイメージでは何となく彫りの深い、毛深い感じとはいえ、判別はむつかしいですねとお答えした。

 さらに針原先生は、手に持ったリーフレットを私に手渡して下さった。こちらは今回の発表内容をさらに詳しく一般向けに報告する講演会について記載されていた。私が三重県でお仕事中のため残念だがこの講演会には参加出来ない。いやあ残念残念。

 10/21(日)今回の大会の人たちと沼津のホテルで懇親会に出席したところ、何と、4階の会場入り口付近で
住先生とばったり遭遇。2時間の懇親会の間、ずーっとお話し出来る機会があった。

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