2019年07月30日

2019年07月18日

2019年の美術解剖学会大会のポスター

今年のテーマはレオナルド・ダ・ヴィンチの解剖DSC07500.JPG
DSC07501.JPG
posted by coichi at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ

2019年06月13日

池田次郎教授追悼文

池田次郎教授追悼文
石田英實 聖泉大学看護学部
Anthropological Science( Japanese Series) Vol.121(2),85-87,2013

池田先生が90歳で肺炎が原因で亡くなられたことをはじめとして、先生の代表的な研究内容、平素の仕事ぶり、
などが簡潔に書かれている。日本の古代を眺める場合、単に、縄文時代は狩猟採集の時代、弥生時代は農耕水稲の時代と画一的に見るのではなく、池田先生は地域性があるので、同じ縄文時代でも、同じ弥生時代でも、ケースバイケースにたんたんと見る研究方法をされていることがとても気に入っている。確かに、水稲栽培が全国にひろがったといわれる弥生時代でさへ、それは、山間部や漁撈がさかんな地域へは波及していなかったし、そうした地域には、それまでの文化としての縄文が生活の大部分をしめていただろうから、日本中全部を一網打尽に弥生時代になったから弥生文化になった、とはしない考え方をされていた研究者としてみると、素人のわたしにはうんうんとうなずけることが大変多い。
posted by coichi at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

人類学 その多様な発展 序章 『日本人起源論の100年』

DSC07416.JPG
『人類学』
その多様な発展 序章『日本人起源論の100年』 池田次郎 著
日本人類学会編
日経サイエンス社
1984年11月30日刊
 
 この本の裏側にある著者たちの肩書きをみると、この時代、池田先生が京都大学理学部教授で、日本人類学会会長の職にあられたことが分かる。他にも馬場悠男先生は獨協医科大学講師、片山一道先生は京都大学理学部助教授、河内まき子先生は東京大学理学部助手、という今では想像出来ないような若々しさを感じる時代の書物である。

 さて、池田先生はこの本の巻頭『序章』で3ページ半にわたる、当時として、把握できた最新の人類学的概論を示しておられる。それには、日本の縄文時代に東日本と西日本に文化形態のことなる集団がいたことがはっきり示されている。特にそれは、食べ物の違い、言語による表現の違い、を指摘されているが、そうした違いは、思い返せば、現代日本の中にも依然として投影されているような気がする。たとえば、テレビで人気の『秘密のけんみんshow』が庶民的だが、なかなか考えさせる番組になっている。よく言われるように、『うどん』と『そば』の食文化の違いは、地理的に言って岡崎にあるという意見。たしかに、東京では『生そば』ののれんはあっても、『うどん』ののれんはなかなか見つからないし、一方、関西ではその逆に『生そば』ののれんはあまり見かけない。関東では『捨てる』が、関西では『ほかる』。関東では『いる』が、関西では『おる』。うなぎの焼き方は、関東が蒸してから焼くのに対して、関西は生からしっかり焼く。こうした日本の中の東西文化圏の違い、が、縄文や弥生に起源しているとすると、こらから何年かかると、両文化が充分ミックスされるのかし
ら?と思えてくる。

 さらに、現在、元東京大学理学部で教鞭をとっておられた住先生が、郷里にお帰りになって、飛騨での縄文人と弥生人のDNAによる混合率の研究が気になるところ。血液型A型が西から東に向かって減少して行く中で、山間部、漁業活動地域、離島などでは、縄文の形質が残りやすい、という傾向とあわせて今後も注目されるべき問題だが、そうした事柄の問題提議になるような考え方を、池田先生の時代にすでに見て、先生の先見性におどろいている。
posted by coichi at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後感想文

2019年06月11日

日本人の起源

DSC07414.JPG
『日本人の起源』
池田次郎 著
講談社現代新書 668
 最近ではDNAによる解析を通して、『日本人の起源』を解説する書物が多くなって来ているが、1982年に書かれたこの本は、むしろ、DNA以外の人類学的手法をすべて総動員して書かれているところがすごいと感じた。

 著者は終章「日本人の成立」で、日本人の成立した時期を結論的に記述している。大陸から日本に移動して来た人々をすぐに原日本人とはせず、北から南までひろく行き渡り、この地域で均質化した時代として、縄文時代中期ごろを、日本列島人の生成期とするなら、おなじ列島人が、朝鮮からの大量移民の動きをへて、列島全体に弥生風の質的変化が行き渡ったあと、それでも、北海道、南西諸島といった、山間僻地、海浜部など文化的に都市部の影響を受けない人々が生じたころ、つまり、弥生時代から奈良朝あたりに日本人が顕現したのであろう、と表現している。

 カクテルをこしらえる時、原酒と炭酸、氷などをまぜたばかりは、味が落ち着かない。上下で混ざっていないからだ。だが、よく、シェークして全体が上から下迄よく混じり合ったら、ようやくグラスに注ぐ。そうして飲むお酒が、著者の言う『日本人の起源』にあたる。

 この本を読んでいていくつか感心した点がある。まず、日本語の起源という問題。(P.45)
『最近、日本語の基層言語をタミル語に求め、大評判になった『日本語の成立』で大野(晋すすむ)は、東日本と西日本の問題をふたたびとりあげ、その対立は過去二万年に発し、非常に古い時代には、日本の東西に別系統の人種または民族が居住していたと述べている。』。

 次に面白い指摘として『縄文時代の通婚圏』がある。日本という列島が縄文時代に縄文人によってひととおり居住されていても、その土器形式から東西に文化圏が二分されるという。(P.138) また、その文化圏は通婚圏としても別々の地域で、亜生殖集団を形成したので、この二つの集団が溶け合うようになったのは、縄文後期から弥生時代になってから、しかも、この別々の亜集団はその後も、積極的に混ざり合ってはいない、という事実が、今日の日本でも、何となくそんな感じを抱かせておもしろかった。

 また、縄文時代を通して東日本の人口は西日本の人口の25倍だった、つまり、縄文時代は東日本で栄えたということが、とても、新鮮な意見だった。

 埴原先生の二重構造説が発表される前に、この池田先生の本が世に出ている訳だが、池田先生は、弥生文化の起源やその影響を、地域的にはかなり厳密に考えておられて、発掘などで解明された部分にのみ照明をあててひとつづつ厳密な分析をしておられる。従って、大枠でざっくばらんに弥生文化が朝鮮からどんと押し寄せたので、日本の近畿地方を中心に弥生時代となり、南北にこれとは異なる、縄文の影響を受けた文化が残ったと、一口ではおっしゃってはいない。むしろ、地域ごとに異なる弥生文化の浸透があった。当然、水稲栽培の文化も地域ごとに適、不適があっただろう。特に漁撈に特化した地域や、山間部では、水稲栽培が出来ないので、昔ながらの生業を営むしかなかっただろう。だから、日本全体をひとくくりにして述べることは出来ない、という慎重な意見だ。私的には大変賛成の意見だ。

 全体として、人類学の総論というか、学ぶべき全体意見が改めて勉強出来たような気がする。言ってみれば、現在では、かなり専門的になって来ているので、ついて行けなくなっている感じもする。
posted by coichi at 19:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後感想文

2019年04月29日

日本旧石器時代

DSC07359.JPG
『日本旧石器時代』
芹沢長介 著
岩波新書黄版209
 芹沢先生が書いた『旧石器の知識』(東京美術)に比べると、同じようなタイトルだが、大変内容が幅広く分かりやすい。考古学の分野のみならず人類学の専門家の名前もあちこちに登場する。鳥居竜蔵、直良信夫、裴文中、P・ブリード、A・ド・ルムレー、山内清男、J・G・アンダーソン、ツダンスキー、D・ブラック、シャーフハイゼンなど。

 学術的な内容は大変豊富だが、一方で、小説のような面白さもある。例えば、T章『旧石器との出会い』では、岩宿遺跡を発見した相沢忠洋との出会い、相互交流が具体的で感動的だし、[章『発見と批判』では、山内清男との学会内での喧嘩騒動が赤裸裸につづってあって面白い。また、同じ章の中で『裴文中』との日本滞在中の会話内容には他の書籍に見られない裏話があってこれまたひろいもののお話であった。

 この他にもU章『先駆者たち』では、直良信夫の功績が数々語られ、春成秀而氏の『「明石原人」とは何であったか』を読むと、明らかに素人学者の思い過ごし的に書かれた「明石原人」が、芹沢先生の手にかかると、そんなに素人扱いしていいのか?他の研究者の行った調査でも、地層的に研究の余地があると思えてくるし、案外、明石原人の可能性も否定出来ないような数々の証拠が提出されていて、ある意味、日本原人の登場を期待する全ての人に夢をあたえてくれる記事であった。

 日本国内では縄文以前の骨の発見がないけれども、この本を読んで、日本にあった旧石器がきちんと日本に原人相当の人類の足跡があった証拠を明らかにしている点を理解出来て本当に良かったと思った。
posted by coichi at 09:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後感想文

2019年04月25日

訃報:楢崎修一郎 先生 逝去

 2019/4/13 夜中の1時25分に筑波大学の足立先生から入ったメールによると、3/21遺骨収集先のテニアン島で心不全により亡くなられた、との速報があった。ご遺体は、奥様が付き添われて3/31に日本に搬送後、4/5お通夜、4/6告別式が執り行われた旨、ご連絡をいただいた。

 今年の1月に読んだ楢崎先生の『骨が語る兵士の最期』が、楢崎先生の個性をよく表しており、しかも本文の内容が大変充実していて面白かったので、次の続編を楽しみにしていた矢先の事故であった。厚労省の中の専門官として人類学者を代表する形で参加されていただけに、楢崎先生に代わる人材を探すことが急務となるものの、代わりの人材探しは難航しそうな気配だ。
posted by coichi at 19:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2019年03月19日

遺跡が語る日本人のくらし

DSC07360.JPG
『遺跡が語る日本人のくらし』
佐原 真著
岩波ジュニア新書
 1992年10〜12月にNHK教育テレビの『人間大学』で、12回にわたり「日本文化を掘る」というタイトルで放送された内容を青少年向けにアレンジして出版された本。この放送の第12回分はこの本に含まれず、「騎馬民族は来なかった」として別に特集して出版された。

 岩波ジュニア新書という名前から、いかにも青少年向きと考えがちだが、他のこのシリーズ本をみれば分かる通り、入門の本ととらえるなら、大人の方にも、無論、分かりやすい内容でおすすめのシリーズだ。

 日本の歴史を超古代の、旧石器時代、縄文時代、弥生時代と区分しながら、残された遺物から、考古学はそれをどうとらえてどう考えるか、具体的に解説している。特に弥生時代の生活に焦点があてられており、日本全体のなかでも、弥生の文化には地理的な相違が見られていることを、写真や地図を豊富に使用して解説しているので分かりやすかった。

 10年ほど前に、東京大学の安田講堂で一般向けの人類学シンポジウムがあったとき、最前列に陣取ってどーんと構えて椅子にすわっておられた佐原先生のお姿を思い出した。とても背がお高く、肩幅もあって、全ての人を見下ろすような風采がおありだった。非常に行動力のある先生で、見識が広く、すべてにおいて尊敬できる先生といえる、と思っている。
posted by coichi at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後感想文

2019年03月16日

日本人はどこから来たか

IMG_2291.JPG
史話 日本の古代一
『日本人はどこから来たか』
埴原和郎 編

 考古学を中心に、様々の分野の人々が日本人の起源に迫る論文を展開していて面白かった。
ほとんどすべての内容が興味深い内容であったが、あえて絞るなら三つの論文になる。
 一つ目は安田喜憲さんの『日本民族と自然環境』。
 二つ目は佐々木高明さんの『東アジアの自然とナラ林文化』。
 三つ目は長部日出雄さんの『縄文巨木文化』。
中でも、『縄文巨木文化』は画期的な論文で、この本の中で最も光っている。
それは、縄文の文様とケルト族の装飾文様が大変に類似しているので、もしかすると縄文人の起源に関係しているのではないかという大変に面白い発想である(P.85)。もしそうであれば、これを証明するために、DNA分析が有効になるだろう。篠田先生や斎藤成也先生にお願いして是非とも実現したいものである。
posted by coichi at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後感想文

2019年02月19日

『古人骨は生きている』

 DSC07354.JPG
『古人骨は生きている』
片山一道 著
角川選書 刊

 片山先生が「本の旅人」2000年4月号〜2002年5月号に連載された記事をまとめた本。
骨に関する話題を随筆にしてある。こんなにも骨に関するお話があるんだと感心した。また、片山先生が今迄に書かれたどの随筆よりも内容が濃くて面白く感じた。特に、少し専門的になるが、今回はじめて取り上げられた話題がいくつかある。

 そのうちのいくつかを紹介してみよう。まずは尿路結石の化石写真(P.105)。その大きさは直径1.5cm。私の人生で2度襲ったこの病気。知る人ぞ知る大変痛い病気だ。その石が1.5cmとは想像するだけでも恐ろしい大きさだ。こんな大きさの石が尿路にたまっていたとしたら・・・

 次は骨に関する推理小説。片山先生が推薦されるのは、骨に関して、この道の専門家で作家でもある、キャシーレイクスの司法人類学者シリーズ、最新作(当時では「Fatal Voyage」)。アーロン・エロキンズの「ギデオン・オリバーシリーズ」。こちらは形質人類学者のギデオンが活躍する点で、片山先生に共感を得ている模様だ(p.61~68)。さらにディック・フランシスのミステリーと続く(p.96~98)。

最期にもう一つだけ気がついた記事がある。ニュージーランドのダニーデンにあるオタゴ大学だ。ここが片山先生の骨学修行の場だったという記事である(135~145)。この記事の中で特に私の気になったところが、日本とニュージーランドの研究方法の違いについて(p.140)。

 昨年は人類学会でお見かけしなかったけれども、こうした一般向けの本で、我々読者に、もっともっと古人骨について、いろいろと発言して欲しいものである。
posted by coichi at 15:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後感想文