2023年03月08日

遺伝人類学入門

『遺伝人類学入門』
太田博樹 著
ちくま新書
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 太田先生の文章はわかりやすい。理系文系といった区分けをしないで、どちらの分野の人にも理解できる教え方でお話しされるからだろう。『古代ゲノムから見たサピエンス史』でもそうだったが、専門的な話はあるが、あまりにもそれに深入りしないで、要点をきっちり語ろうとする姿勢が伺える。『ざっくり言って』という表現があちこちに登場する。つまり、話の筋を方々に散らかさないで、本筋に戻って話せば、あるいは、全体から見れば、こんな意見があるんだよ、という感じの表現が、読者から見て好感が持てる。

 同じ遺伝子で人類史を研究し、たくさんの本を書いておられる篠田謙一先生や齋藤成也先生の書き方に比べて、だいぶわかりやすい。このお二人の先生方に比べると、太田先生の方が、多くの読者が得られるような気がする。

 遺伝子の解析から系統樹を作成する方法が語られている(p .97~99)。具体的な計算方法は専門的で難しいものだろうが、ここでは深入りしないで、ごく簡単にその考え方を紹介してあり、一般人にも理解しやすくなっていて好感が持てる。 

 日本人の起源についての話になると、埴原先生の『二重構造説』が登場する。篠田先生の本には、割にこの説に批判的な意見で展開されているが、太田先生はことさら批判的という感じではなく、概ね、肯定的と解釈できる記述になっていて、お二人の立場の違いが拝見できる。

 遺伝学というと三島の国立遺伝学研究所や国立大学院大学の尾本先生を思い出すが、研究室の中で顕微鏡をのぞく研究体制とは少し違う太田先生のフィールドでの活躍ぶりは初耳で、面白かった(p.192~200)(p.261~265)。


 
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2023年03月01日

日本人の歯とそのルーツ

『日本人の歯とそのルーツ』
金澤栄作 著
わかば出版 刊
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歯は一番外側にエナメル質があり、非常に硬い性質があって、化石化しても残りやすい。人骨の中でも最も硬い部分と言われる。その性質を利用して、古代人の分類解析には、歯が有意に利用価値がある。また、地域差での分類方法で、シノドントとスンダドント。日本人では縄文人はスンダドントに属し、上顎切歯が小さいのが特徴。またその反対に、弥生人以降の日本人はシノドントに属し、上顎切歯が大きく、後ろから見るとシャベルのような形が特徴。下顎第三大臼歯の欠如率は縄文で少なく、弥生以降で多くなる。それには顎の大きさも関係があり、縄文では四角張った顎の形に対して、現代人に近づくに従って、横から見た顎の形は三角形に近づき、歯の生える面積が小さくなってきている傾向、一方、おとがいは縄文より現代人の方が厚みがある。

 第1章では歯を計測する方法について解説があり、その中で、縄文人は鉗子咬合、弥生人以降は鋏状咬合、さらには
出っ歯とも言える屋根状咬合がある上、反対に下顎の上にある歯が上顎より前に飛び出している反対咬合など6種類の咬合の違いがあることを指摘していて面白い。

 新書版とはいえ、大変中身の濃い本だと言える。たった一本の歯でも、その大きさ、異常の具合、根の長短、などをもとに西洋人か東洋人かはたまた、古代人か現代人か、大人か子供かなど様々な結論を得ることが出来ることを改めて知った。

 最終章ではオーストラリアアボリジニの歯が、世界で最大だとの指摘があった。縄文が小さいのに対して、弥生が北方適応後の人類となり身長、切歯の大きな形が特徴的とされるが、では、アボリジニは北方適応後の人たちがオーストラリアで拡散した結果となるわけなのか?では、ないと思われるが、なぜ、世界一の臼歯や切歯を持つ人たちになったのかは不明である。その理由が知りたい。
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2023年02月28日

古代ゲノムから見たサピエンス史

『古代ゲノムから見たサピエンス史』
太田博樹 著
吉川弘文館 刊 歴史文化ライブラリー565
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 タイトルから想像する内容と表紙の絵は全く違うものになっている。私なら表紙の絵をライプチヒのマックスプランク人類進化研究所か、愛知県の伊川津貝塚を採用するだろう。

 本の全体から言えば、前半は遺伝学の歴史的な概論で、後半には愛知県渥美半島の伊川津貝塚で発掘された縄文人骨をもとに、サピエンス(新人)の東アジアから日本へのルートを、集団遺伝学の結果をもとに解説する。

 最近発行された『日本人の起源』に関する本は結構多い。
『人類の起源』篠田謙一 2022年2月22日初版発行 中公新書
『人類はできそこないである』齋藤成也 2021年12月15日 初版発行 SB新書
『大論争 日本人の起源』斎藤成也、関野吉晴、片山一通、武光誠、他 2019年11月11日第1刷発行 宝島新書
『日本の先史時代』藤尾慎一郎 2021年8月25日発行 中公新書
『サピエンス日本上陸』海部陽介 2020年2月12日第1刷発行 講談社
『日本人の誕生』斎藤成也 編著 2020年8月10日第1版第一刷発行 秀和システム
『DNAから見た日本人』斎藤成也 2005年3月10日第一刷発行ちくま新書
『アフリカで誕生した人類が日本人になるまで』溝口優司 2011年5月25日 ソフトバンク新書
『DNAで語る日本人起源論』篠田謙一 2015年9月18日第一冊発行 岩波現代全書
『人類が辿ってきた道』海部陽介 2005年6月30日第二刷発行 NHKブックス
『日本人になった祖先たち』篠田謙一 2007年2月25日第一冊発行 NHKブックス
『日本人はどこから来たのか?』海部陽介 2016年2月10日 第一刷発行 文藝春秋
『日本人の源流』斎藤成也 2017年11月5日 初版発行 河出書房新社
『日本人の起源』中橋孝博 2005年5月26日第5刷発行 講談社選書 メチエ
『日本人の起源』中橋孝博 2019年10月15日第7刷発行 講談社学術文庫2538
『倭人への道』中橋孝博 2015年6月1日第一冊発行 吉川弘文館

 こうしたいくつかの本の中でも、本書は「木を見て森を見ず」にならないような、つまり「茶畑に迷い込む」ような解説をせず、要点だけをかいつまんで、本筋から外れない解説にとても気を遣って書いてあり、読者からすると、専門書なのにわかりやすい。

 特に後半の愛知県渥美半島の伊川津貝塚から出土した縄文の女性人骨の話から始まり、サピエンスの移動場所である東アジア(南回りルート)を通っていたことが判明。しかし考古学的には北回りルートで、サピエンス的に加工された石器等がたくさん発見されていることで、旧石器時代に、日本に大陸からやってきたサピエンスは北回りかと思われるが、その証拠がDNAで出てこない。むしろ南ルートだと伊川津のIK002人骨は語っている。

 篠田先生が批判されていた二重構造説を、太田先生は、むしろ矛盾していないと肯定されている点は、私も同感だ。
ただ、日本人の源流たる旧石器時代人、縄文人といった人々がいつ、どういうルートで日本にやってきたかは、今後の縄文時代人のDNA検査を日本各地にて行うことが必要という宿題になった。

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2023年02月04日

ルーシーの子供たち

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『ルーシーの子供たち』
ドナルド・ジョハンソン&ジェイムズ・シュリーヴ著
馬場悠男 監修
堀内静子 訳
早川書房 刊行
1993年11月15日初版発行

 この本が出版された年、監修役の馬場先生は国立科学博物館の人類研究部室長で、日本のティム・ホワイトたる諏訪元さんが東京大学理学部人類学教室の講師という立場だった。その直後、諏訪さんがホモ・ハビリスの歯の大発見の事件を起こす。馬場先生は、この時はまだ、ヨーロッパでは人類の単一進化説、アジアでは人類の多地域進化説がという二刀流を述べておられた。2023年の現在では、世界中が人類の単一進化説だという考え方になっておられる。

 ジョハンソンの『ルーシー』(アウストラロピテクス・アファーレンシス)に続く日本での翻訳2冊目の本である。ホモ・ハビリスの発見にまつわるエピソードが綴られている。この本の2章で判明したこととしては、リチャード・リーキーの父ルイス・リーキーは一度離婚しており、2番目の奥さんにメアリーが収まり、彼女が考古学的発見を非常にたくさん手がけて、ルイスにも多大な恩恵を与えているということ、がある。その離婚原因だが、最初の妻フリーダはケンブリッジでの生活を望んだのに対して、メアリーはアフリカでの発掘に意欲的だったという。その後の活躍を見ると、メアリーとの結婚がルイスに良い結果をもたらしていると言える。
(cf.p .76:p81)

次に気がついた点は、諏訪先生の話がある。特に初めてジョハンソンとアフリカに発掘に出かけた話が面白い。(p .209)
当時、諏訪先生は大学院生で、ホワイトのもとで勉強中だった。しかし、歯の専門家としてチームに参加したところ、いきなり人骨化石を発見してしまった。なんと運のいい人か。本の全体にも諏訪先生の発掘中の色々な場面でのエピソードが載っていて、こちらまで、ワクワクしてくる。

 ホモ・ハビリスはOH62という発掘地での番号を振られた女性の古人骨だ。ようやくの思いで書き上げた論文に対して、反論する学者が出てくる。しかも、反論する人は、そのための研究をしていくらでも反論するという点が、発表者と対立してくるわけで、証拠の取り上げ方の違いになってくる。しかし、それでうまく証明できなければ発見者なのに劣勢に立たされるわけで、証拠がため、証拠の解釈を余程きっちりとしなければ学会で認められないという厳しい現実も勉強になった。
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2022年12月20日

人類の誕生と地球の未来

第37回国際生物学賞記念シンポジウム
『人類の誕生と地球の未来』
2022年12月18日(日)午後13:00〜18:00ライブ公演
諏訪 元『人類進化の系統図』
ティモシー・ダグラス・ホワイト『アルディピテクス・ラミダス』
中務真人『中新世アフリカの類人猿進化:類人猿って何?』
河野礼子『歯の形態から探る人類の進化』

2022年11月18日

縄文人ゲノムから見た東ユーラシア人類集団の形成史

YouTube:太田博樹 教授(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)
 9943回視聴:2022/06/10
愛知県渥美半島先端付近から発掘された伊川津貝塚は縄文遺跡であった。そこから出土した母と子の人骨のうち、
母の人骨をI K-2,子の人骨をI K -1とした。日本全国にある縄文遺跡は北は北海道から南は鹿児島に至る地域で発見されているので、伊川津での縄文人が全ての日本人の代表とは言えないが、サンプル調査の一つとして、データを取った。
すると、現生人類のアフリカからロシア、中央アジア、東南アジア、への拡散ルートをたどると、まず、出アフリカ後に、
中東を経て、ヒマラヤの北を回るルートを選んだ集団と南を回るルートを選んだ集団に分かれた。
 北のルートを選んだ集団はその後シベリアのさらに北、北東を通り、バイカル湖に達した後、ベーリング海峡方面に向かっている。一方、南ルートを選んだ集団はインド、東南アジア、をへて中国、満州方面に達している。
 日本で考古学上発見されている石器は38000年前であるが、人骨は発見されていない。縄文人はおよそ13000年前から3000年前まで日本列島に存在したが、この人々は、おおむね旧石器時代から日本にいついた集団と考えられる。
 では、この縄文人につながる人々は一体どこから来たのかという疑問に答えるため、上記の伊川津の縄文人の骨のゲノムを、北ルートの代表でバイカル湖周辺にいた24000年前のマルタ人骨と、南ルートの代表で東南アジアにいた8万年前の
ホアビニアン人骨の二つのゲノムを使って調査した。
 すると、不思議なことに伊川津の縄文人骨のゲノムは、東南アジア系に分類され、北ルートのマルタ系とはならなかった。この結果、全ての縄文人が東南アジアからのルートで日本にやって来たと断定はできないが、たった一つのサンプルで全体を考究すべきではないので、とりあえず、伊川津の縄文人は南ルートであるという結論になった。

 今後の課題は、日本全体にサンプルを求めること、また、シベリアルートのうちマルタ以外の地域からのサンプルを集めることが、より正確な日本人のルーツを探る手がかりになるだろう。

 北海道はシベリアからのルートで旧石器時代に日本にヒトが渡ってきた北ルートの一部と考えられ、また九州沖縄は南ルートで日本にヒトが渡って来た地域と考えられてきた。その二つのルートのうち、縄文の移籍数からいって、明らかに東北北海道にこそ、最初のヒトが入ってきたポイントであり、九州沖縄は、その後からヒトが渡ってきたというイメージが強いので、この研究結果から東南アジアルートが先、という結果に驚いている。

 やがて沢山の資料が集まり、しっかりした調査がなされてから、日本に流入したヒトの流れが、ハッキリするだろう。591EC6CB-5FA6-41E0-AD7B-1745F778CD65.jpeg
この図は太田先生がこの授業で使った一部で、伊川津の女性人骨I K -2が、東南アジア集団の中で、どこの位置になるかを表している。

2022年11月13日

国際シンポジウム『ベーリンジア:ユーラシアからアメリカへの人類の拡散』

YouTube
2022/10/15〜16
岡山大学文明動態学研究所
Day 1-1 開催の辞〜趣旨説明
Day 1-2 第一部 新大陸からの視点 View point from the America 報告@〜報告C
Day 1-3 報告D
    総合討論
Day 2-1 第二部 極東からの視点 View point from the Far East 報告@~D
Day 2-2 総合討論 閉会の辞 Roundtable Discussion
 
日本側ゲスト出席者:@太田博樹
          A長井謙治
          B高倉 純
          C出穂雅実
          D加藤博之
世界からのゲスト出席者:@Martin Sikora
            AJohn F.Hoffecker
BBen.A.Potter
C平澤 悠
            DMichael .R .Waters
            ELaren .G.Davis
            FDaniel P .Odess
司会:松本直子(文明動態研究所 所長)
   加藤博之
フロアでの参加者:海部陽介、佐藤宏之   

気がついた問題点:@38000年前日本に大陸からヒトが渡ってきた?
         Aアメリカ北緯45°以北のところは寒さで土器が破壊されて残らない、
          細かい破片になる。    
         Bロシアでの考古学的調査量は、日本に比べて、面に対する点に等しく、
          圧倒的に少ないので、ピープリングの具体的な跡付けが、現状できない。
         C縄文の土器の模様とエクアドルの古代土器の模様が似ているのは、
          不思議で、何らかの関係を疑えるのだが、現在はその理由は不明。   

2022年09月19日

第76回日本人類学会大会 第38回日本霊長類学会大会 連合大会

今年は京都四条烏丸にある産業会館で、タイトルにあるように二つの学会が一緒に開催されることになった。
確か京都大学での大会でも以前、霊長類学会と共催だった気がする。4日間の長期日程だったが、最終日は極大の台風が925hpで九州に上陸、関西から北陸を移動してくるパターンとなり、最終日は新幹線が午後4時にて大阪〜名古屋間は運休となったため、演者以外の人たちが、最終日を前に、移動する人が増えた。もちろん最終日の最終講義が終わる5時までしっかり残って聴講する人もいるにはいたが、地元の人くらいだったようだ。

 AとBの講堂で二つに分かれて学会が開かれた。おおむねどちらかひとつの教室で移動せずに聴講できたが、中には途中から抜け出して隣の教室に移動して聴講する場面もあった。ポスター展示は初日からボツボツ始まり、時間がある時に時々覗くと、少しづつ展示が増えていった。今年の特徴は中高生の展示があったこと、金澤英作先生の音頭取りで、2年前に亡くなった楢崎先生の残された膨大な人類学資料集のデータ化と、希望者へのダウンロード化推進が図られたこと、いつもなら毎年掲載された人類学最新結果を、中高生の教科書へのアッピールする運動のポスター展示が無かったことが、気がついた点だ。
 

 発表の中では、牛川人の化石がヒトのものかそうでは無いのかということを論じた『牛川人骨について』佐宗亜衣子(新潟医福大・人類研)、佐々木智彦(京都大・博物館)、中村凱(東京大・院理)、松浦秀治(お茶大)、諏訪元(東京大・総研博)が最も興味を引いた。結論的にはこの骨は牛の骨であるということになった。すでに数年前から馬場先生が同じ意見を発言されていたが、今回の発表で決定的となった感がある。主に3つの研究比較点が述べられた。
一つ目は、残された左上腕骨がヒトの形態にとても似ているものの、ねじれが観察されることから、哺乳動物で同じようなねじれが観察される牛の骨と断定。
二つ目は、骨に観察される神経溝も牛のものと断定。
三つ目は、左大腿骨骨頭の形状を観察し、丸み、歪みなどを考慮し、ヒトではなく牛のものと断定。

二日目に入ったポスター会場では、色々お土産をゲット。中でも、おしらせ的なパンフで、新潟医療福祉大学が自然人類学の修士課程の新設したというニュースはびっくりものであった。また、鳥居龍蔵先生の復刻版が、無料贈呈とあり、早速ありがたく頂戴してきた。
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 他にもお土産はあった。『霊長類研究』と『サキタリ洞遺跡の発掘』のパンフである。パンフとはいえ最新成果が印刷されていてページ数もあり、大変勉強になった。
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 三日目の夜の食事会では、私の座っていたテーブルに、山田博之先生と多賀谷昭先生がおすわりになった。ポスター展で多賀谷先生が楢崎先生との経緯、ペリリュー島での遺骨収集の話を途中まで話されていたので、その続きをしっかりとお聞きする事が出来た。
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 来年の大会は仙台の東北大学で、10/7-8-9の日程で実施予定と発表があった。

 四日目(最終日)は台風で新幹線が名古屋〜大阪間、午後4時で運休となり、かなりの大会出席者が3日目を最後に切り上げて帰省したようだ。しかし、後日、大会本部よりメールで、4日目に開催した5学会合同シンポジウムをビデオ配信する旨の案内があり、10月いっぱいを限度に無料配信ということで、10/12改めてこのシンポを聴講した。
 日本民俗学会から真野俊和(筑波大、院歴史人類)先生が
  『“民俗“に生かされるヒト、“民俗“を生かすヒト』:土着と前衛
 というタイトルで25分間リモートで講演された。

 日本文化人類学会から金子守恵(京都大、アフリカ研)先生が
  『モノをつくるヒト』というタイトルで、主にアフリカで土着民が土器を製作し、市場で販売している様子を
講演された。

 日本霊長類学会から中川尚史(京都大、院理)先生が
  『寛容なヒト』というタイトルで、サル(日本猿)と比較してヒトがいかに寛容な動物かについて講演された。

 日本生理人類学会から前田享史(九州大、院芸工)先生が
  『適応するヒト』というタイトルで、ヒトが地球上でいかに地理的適応をして拡散して来たかについて講演された。

 日本人類学会から海部陽介(東京大、博物館)先生が
  『移動するヒト』というタイトルで、ヒトの拡散方法、海路の場合について講演された。
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この図では、30000年前に多くの移動があったことに注目。

2022年09月03日

そして最後にヒトが残った

『そして最後にヒトが残った』
クライブ・フィンレイソン 著
上原直子 訳
近藤 修 解説
白揚社 刊
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 解説によると、著者はネアンデルタール人の専門家らしい。そうした立場から人類史を解説している本だといえる。
この本の最後に、東京大学の近藤 修先生が著者に関する詳しい解説をなさっている。
1章から4章までで、初期人類、アウストラロピテクス、ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトス、ホモ・フロレシエンシス、ホモ・エルガスター、ホモ・ネアンデルターレンシス、解剖学的現代人、などについて解説があった。
 著者は多くのアウストラロピテクスや、それに先立つ先行人類について、人類の枠に入れる考え方をしていない。むしろ
人類的な歴史の流れに近づきつつある、霊長類の仲間という立場だ。足の形、直立姿勢の時にとる現代人とは異なる姿勢、などからそう考えているようだ。これもまた面白い。
 次に、保守的(コンサーバティブ)と改革的(イノベーション)という言葉を使って、先行人類、初期人類、アウストラロピテクスを具体的に識別していく。つまり、大きな歴史的転換点となる気候の変化、大陸の移動などにより、今までの生活環境の変化に直面してきたこうした人類が、そのまま今までの生活圏に居残るのか、そうではなく、逆境ともいえるサバンナでの生活に適応していくのか迫られた時、イノベーションを取るグループが生き残ってきた、そして、現生人類に近づいてきたのではないか、と考えている。
5章では、ネアンデルタール人の絶滅に考究している。ここでは、ホモ・ハイデルベルゲンシスがコンサーバティブに生きたため、その後にその血を受け継いだネアンデルタールが生き残ったとしている。その際はネアンデルタールがイノベーション派で、移り変わる環境にうまく適応したわけだ。しかし、彼らが適応した地域はその後、ネアンデルタールが生き延びるには過酷な土地に変化し(ツンドラ化)、そういう土地で生き抜いていた動物たちの捕獲に失敗し、絶滅の道を辿ったようだ。同時に、まだアフリカに生活の諸点をおいていたホモ・サピエンスはそれとは逆に、ここぞとばかり、世界各地へと拡散の旅に出かけたようだ。
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2022年08月30日

化石が語るサルの進化・ヒトの誕生

『化石が語るサルの進化・ヒトの誕生』
高井正成・中務真人 著
丸善出版 刊
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 高井先生はサルの専門家、中務先生は現在、日本人類学会の会長。絶妙のコンビで出来上がった図書と言える。
半年前に出版された海部先生の『人間らしさとは何か』が、東京大学の学生向けに出版されたとすると、こちらは京都大学の学生さん向けに出版された本と言える。どちらも二つの大学の個性が出ているような気がする。

 二冊の本の特徴は、授業でよく学生さんから出る質問に答える形式で章が出来上がっていることだ。つまり、先生方がご自分の専門知識を一方的に解説するのではなく、学生さんが授業でよく質問してくるテーマを取り上げて、解説していることが、今までの本とは大幅に異なるといえる。

 出前授業ではないが、先生方が高校や一般人のために、現在わかっている知識をへりくだって、わかりやすく解説する取り組みがこの10年余り、人類学会ではなされてきている。理学部離れから一人でも、学生を引き止め、興味を持ってもらって、若いうちから、理学部、生物学科、人類学科に参入してきてもらって、この分野での研究者を増やそうというわけだ。
そのテーマから言って、二冊の本は理に適っていると思う。海部さんの本に比べると、高井さんの文章はサルの世界をしっかり解説している。学者達の意見は時にまちまちで、学生にとって理解困難なところもあるが、今回の本では、そうした、あまりにも細い研究者間で異なる意見には、余り深入りしないで、大まかに説明して本筋を見逃さない工夫があって好感が持てる。
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